ラストエンペラー [DVD]
多くの方が指摘しておられるように、この作品の歴史観が粗いのは否定できません。しかし、清末から満洲国崩壊までの歴史を、この作品以前にこれほどきちんとまとめ上げた作品は皆無でした。作品公開当時存命であった溥傑氏(溥儀氏の弟君)が、「今まででいちばんまともな作品」という意味のことを語っていたことが忘れられません。皇帝の色「黄」を印象的に使ったストラーロの映像も絶好調。北京の故宮や長春(新京)でロケできたのも、今となっては奇跡としかいいようありません(しかも紫禁城の門に、当時の中華民国国旗の五色旗が翻るのです!)。ただ、惜しむらくは、このDVDが短縮版(一般公開版)だということです。通常、完全版は、監督の趣味を押し付けたりして、かならずしもおすすめできるとはかぎりませんが、これほどの大河ドラマとなると、この短縮版ではさすがに短すぎます。多少高額でもいいから、完全版と通常版のボックスセットの発売を熱望します。また、本編では冒頭部分しか使用されていないデビッド・バーンのメインタイトルテーマなどを収録したサントラCDもぜひ聞いてほしいと思います。
男装の麗人・川島芳子伝 (文春文庫)
川島芳子について知りたいなら、彼女についての最初のドキュメンタリーであるこの本は外せない。今は色々親戚の方々や記念室から新しい本も出ているが、この本の価値は下がらないだろう。
彼女は確かに犠牲者ではある。実際に当時の新聞を紐解いたことがあるが、戦時中は祭り上げて大きく取り上げながら、戦後3年して彼女が銃殺されたことを伝える記事は完全に他人事。同じ新聞とはいえ、何と言う無責任、いや、日本人の無責任さを感じる。よく、歴史に翻弄されるとか、過酷な運命とかいうが、要は無責任なのは彼女を利用した人間にすぎない。
犠牲者である面を強調したいあまりか、少々筆が鈍っている部分もあるが、これは当時入手できる限りの資料と証言を集めた貴重な本だ。
読み終わって印象に残るのは、彼女の作った歌の真摯さや、「あなたの故郷はどこ」と訊かれて答えた幼い芳子の、
「お母様のお腹の中」
という言葉だ。彼女は日中のはざまに捨てられ、まさしくこの子供の頃の答え通りの人生を歩むことになってしまった。彼女に興味をもたれた方には、是非一読して欲しい本。
NHK「その時歴史が動いた」 ラストエンペラー最後の日 ~「満州国」と皇帝・溥儀~「日中・太平洋戦争編」 [DVD]
歴代の清朝皇帝から引き継がれた礼服「竜袍」にこだわった溥儀が、日本皇室との触れ合いから、家族愛にも似た心の変化をみせるくだりは涙を誘います。 それだけに弟の溥傑が評した「伸縮自在の兄」の真実が悲しい。
人は独りでは生きられないが、個人の感情すら定まる時を持てなかった溥儀を評する言葉は浮かばない。 2度の訪日場面他の白黒映像も見ごたえありました。
溥儀―清朝最後の皇帝
2006年は愛新覚羅溥儀(ラストエンペラー)の生誕100年、この年に刊行された本格的な「溥儀(1906-1967)」論です。
かつて、皇后であった婉容の視点から書いた『我が名はエリザベス』、側女であった李玉琴の生涯を綴った『李玉琴伝奇』を、また関東軍参謀吉岡安直の関係を描いた『貴妃は毒殺されたか』を執筆した著者ならではの、重厚な「溥儀」に関する書物です。
わずか3歳で宣統帝として即位(1908年)、7歳で清朝崩壊とともに廃帝(1912年)。亡命者として清朝の復辟を担わされた溥儀。辛亥革命後の張勲の復辟によって二度目の即位(1912年)、英国人の英語教師ジョンストンを通じ西欧への憧れをもちつつその夢を断念、その後満州国の傀儡の皇帝となり(1932年)、日本皇室との同化の証に天照大神を祖神として祀る。東京裁判での奇妙な言動(1946年)。数度の結婚の失敗。戦後、ソ連に抑留され戦犯管理所で「人間改造を迫られ」た後、特赦(1959年)。一公民として『我が前半生』出版(1964年)、北京植物園で軽労働。文化大革命のなかでの闘病生活、1967年、腎臓癌、尿毒症、貧血性心臓病で死去。享年62。
著者は「あとがき」で書いています、「彼の生涯は、清朝最後の皇帝として、祖業を復活する『復辟』を担わされた一人と、その宿命から逃れて此処ではないどこかへ、自分ではない誰かになりたいというもう一人が見え隠れする。・・・溥儀が生涯にわたって求めた父なるものにたいする評価や言動が、その時々に彼の置かれた政治的立場によって極端から極端へ躊躇なく変貌するのも、おそらく少年の日に、二つの人格をそのまま内に抱えこんでしまうことで楽に生きることを知った永遠の少年である溥儀の溥儀たるゆえんと思う」と(p.238)。