文章読本 (中公文庫)
この本はおもしろい。味があります。なんど読んでも味がある
するめのような本です。
名文を読むこと、達意(相手に伝わる文)ということ、そして
書くに値するものを持つこと・・・などが、豊富な引用文とともに
解説されていて、考えさせられます。
わたしは絵が好きなので特に、イメージと論理の章が興味深かった。
イメージ(描写文)は上手に使うと強い印象を与えるが、下手に使うと
曖昧な意味になってしまい、文章が論理的に成立しにくいという解説です。
それでは、描写文でなく小説の挿絵でも、文章を補う力になれるのが
挿絵として上手い絵であり、文意に添う何かを伝えることが著者の言葉を
換言するなら、描くに値すること、なのかなと思いました。
なんども読み返したい本です。
ユリシーズ 1 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
新潮文庫に収録されている『若い芸術家の肖像』の主人公、スティーヴン・
ディーダラスの話から本書は始まる。カレッジを出た彼は学校の臨時教師を
つとめつつ、いまいちイヤなやつマリガンと同居している。スティーヴンは、
信仰の問題から母の臨終の願いを拒んだことで良心の呵責を感じている。
一方、途中から登場の主人公レオポルド・ブルームは広告とりのユダヤ系の男。
歌手の妻モリーがいて、娘は15にして早くも働きに出ている。
1904年6月16日というたった一日の話である。スティーヴンはマリガンとの
会話・食事を経て、散策しつつ学校に給料をもらいに行き、新聞社にいって
飲みに誘う。
ブルームは朝食をつくったりしたあと、街へ出て、手紙を読み、風呂屋へ行き、
友人の葬式に出席し、新聞社へいき、仕事のために図書館へむかう。彼は、
今日の午後家をたずねてくるというボイランがモリーと寝るのではないかと
感じている。
朝から午後1時までの物語。それでもうこの厚さである。手が痛くなるぐらい。
物語自体はダブリンの一日で、まだビッグなことは何も起こらない。
会話も多く物語の筋は追ってゆけるが、難解なのは「内的独白」。
普通に、一貫して悩んでいることなどを書いてあるのならわかりやすいのだが、
この作品では、街を歩きながら、人に会いながら、次々に心に浮かぶことを
そのまま記述しているのだ。とりとめもない頭の中の思いを、すべて書き綴った感じだ。
こういうわけで「意識の流れ」と呼ぶのか!と、文学史でいやというほど
習った事柄がやっと実感として納得できた。
巻末には本一冊ぶんくらいの訳注(よくまあここまで調べたものだ)と、
ジョイスの年譜、登場人物解説、ダブリン地図つき。
美味礼讃 (文春文庫)
辻調理師学校の創設者である、辻静雄の物語で、導かれた運命に、本来もっている彼の大きなエネルギーが合わさり、興味深い人生がとても面白く描かれています。
新聞記者をしていた辻静雄が、大阪で料理学校を経営していた辻徳一の娘と結婚したことが発端となり、料理の世界へ入り、また大学でフランス文学を専攻していたことから洋書を読み、フランス料理への傾倒が始まります。そしてその洋書の著者たちに会いに、またフランス料理を本場に食べに渡航し、名だたるシェフや美食研究家たちと知遇を得ます。
これは、まだ辻静雄の物語の助走にしか過ぎませんが、辻静雄の半端でない探究心の旺盛さが既にわかります。そしてこの後、海外の著名なシェフを招いたり、フランスでの学校設立など、生涯にわたり幅広い活動をします。
彼が書いた料理に関する多くの本は、今読んでもデータ的なことを除けば古くないですし、有名となっている料理人に、辻調理師学校出身の人が沢山いることから、多くの書物と学校での料理人の育成は、後世に残る功績として多大なものがあったことを、改めて感じざるをえません。
快楽としての読書 日本篇 (ちくま文庫)
丸谷才一氏の定評のある書評の中からの選集。国内編。
その選書、批評、表現全て的確で役に立ってなおかつ面白い。読んだことのある本についての納得の評価、読んでいない本はつい購入を考えてしまう。読書好きにも、これからの人にも是非ともお薦めする大人の書評集。
本来は、すべての書評をこの文庫の編集方針と同様に人物順に編纂して発行して欲しいのですが、今の経済状況では文庫で我慢せざるを得ないのが残念です。
何故か出ていない個人全集というと更に難しいのでしょうが、全書評、全人物評、全薀蓄エッセイ、全ユーモアエッセイ、という様に効能機能別の集成が編纂刊行される日を夢見ております。薄い紙で各一冊に纏めて軽い本となれば良いですね。寝転んで楽しめたり、旅のお供になったり。丸谷才一氏の文章は殆ど読んでおりますが、一生の愉しみ、睡眠薬として是非とも実現して欲しいものです。勿論挿画装幀は和田誠氏ですね。今回のも中にも挿画があって楽しめました。兎に角お薦めいたします。
あいさつは一仕事
本書は著者による『挨拶はむずかしい』、『挨拶はたいへんだ』に続くスピーチシリーズの3冊目。
もとより文壇の重鎮が披露するスピーチの極意を一般人が応用できるはずもなく、従来このシリーズは挨拶の姿をまとった文芸評論、随筆等として楽しんできた。今回作では特に弔辞・偲ぶ会での挨拶における故人の業績評価、とりわけ「大野晋氏葬儀での弔辞」と「井上ひさしさんお別れ会での挨拶」を興味深く読ませたもらった。
巻末収録の和田誠との対談で、著者はこれら3冊に収録していない「失敗作がいっぱいある」ことや、「準備したってなかなかうまくいくもんじゃないですよ。まして準備しなきゃだめですよ。」と語っている。一般人においてをや、であろう。