美代子阿佐ヶ谷気分 [DVD]
1970年代は筆者が中学生〜高校生でしたが、戦前戦中戦後世代から物が豊かな時代といわれましたが今ほど物や情報が豊かとはいえず今改めて見ると実に質素な生活をしていたと思います。生きる糧を求めてストイックになるということ自体当時は若者としては当然であったのかもしれません。実生活にヒントを求めて創作にかかるというのはそれは大変な作業であると思います。安部氏の作品で「トマト」や「私生活」など生々しい生活の日常で得られたエッセンスを基にしている点や、町田マリーさんは安部氏によれば美代子に少し似ているということ、ドリアンガールズ1分半劇場で見る町田マリーさんとは違った面が見られて興味深いといえます。「生活感が滲み出たやや若くないくたびれた体」という評もありましたが、考えてみればAlwaysの昭和33年代に小雪扮する女性のような十頭身の女性が存在すること自体不自然であります。マリーさんのヌードは猥褻感は全く無く、深く刻み込まれた陰影がアベシンのドラマの印象に近いものと思います。「まだあきらめないの?」と作者に語りかける美代子のサディスティックな愛情も分裂症の作者の現実か非現実化判別し難い内容や表現も侵しがたい純文学的な味わいがあります。懐かしい「ガロ」に執筆連載してきた作者達も出演していてリアルでアングラ的な雰囲気と共に叙情的とも感じられ愉しむことができました。
日の興奮
ガロに連載していた「悲しみの世代」は、何かポルノを描こうとしているのかと思える作品が続きましたが、この作品集は、漫画「エロトピア」向けに描かれた創作集であるとのこと。しかし、「ポルノ劇画家山村真介」は、こういう雑誌に掲載するのが勿体無い位、ストーリーも良く出来ていてインテリジェンスを感じさせ、文学的です。何度読み返しても秀作です。「淫らな娘」もそうです。精神と肉体の二律背反を描いたもので海外文学を想起させます。神父と女子高生という取り合わせも新鮮です。「心」のリアルな生活感、漁師と船宿の主の夫婦の葛藤と愛情を生々しく描いたドラマは「あいびき」、「意趣返し」「獣愛」、「愛奴」はエロトピアらしく刺激的なストーリーにしたようですね。「日の興奮」は確かに絵が読み難いですが、史実とすれば歴史観も変りそうです。
僕はサラ金の星です!―安部慎一最震作品集
根本敬さんが装丁を務め大絶賛している本です。その「僕はサラ金の星
です!」は不気味な作品に仕上がっており、登場人物の行動がほぼ理解
できません。所々会話がかみ合ってなかったり絵も他の安部作品と違っ
て女性の体型が変だったりでこんなにぶっ飛んだ漫画が読める事に幸せ
を感じました。
作者自身、これを描いた当時は宗教に染まっていて頭がおかしかったと
言います。
それ以外の作品の中にもそれに通じたものはありますが、切ない「除夜」
や「結婚物語」のようなホンワカとした心が温まる作品も多数あり、とて
も大好きな一冊です。
水のようだ
解散かよ。Syrup16g解散以来のショックだ。
バンド名『スパルタローカルズ』を冠したアルバムでせっかく帰って来たのに。
もっともっと遠くへ飛べるバンドだったのに。感傷的な『水のようだ』が切ねえよ。
このマキシで最後とは残念でならない。
天国―安部慎一作品集
数々の傑作と才能を発掘した雑誌「ガロ」。
この巻の作品は、主に「ガロ」に掲載されたものです。
確かに「ガロ」以外でこれらの作品を掲載するのはなかなか難しいのではないかと思います。
逆に「ガロ」だからこそ、この感性を受け止めることができたのであろうと想像しています。
作家と読者というのは作品が生み出される上で絶対的な条件です。
「ガロ」は、作家の新しい才能と感性を探り出し、受け止めるある意味厳選された読者を有していたと思うのです。
「ガロ」読者が見つけた宝物が、安部慎一さんなのでしょう。
読み手のことよりも、自分自身の内側にあるものを吐き出すような感覚の作品です。
絵のコマづかいが独特の感性があって、省略されたコマとコマを想像させられます。
何とも言えない感覚を覚える漫画です。
病み付きになりますよ。