地獄篇三部作 (光文社文庫)
■大西巨人の未発表小説が単行本化された。「第一部笑熱地獄」では敗戦直後の日本文壇の状況がシニカルに、パロディを交えて描かれる。「第二部無限地獄」は地方都市に住む29歳のインテリ編集者と17歳の少女との恋愛を描き、男の罪ある過去の恋愛を回顧する。「第三部驚喚地獄」は「第二部」の小説を架空の文芸誌が紹介するという内容。いずれにせよ一筋縄ではいかないただならぬ作品集。
神聖喜劇〈第6巻〉
読後、さわやか。第一巻から読んできた者は十分な満足と充実感、そしてえも言えぬさわやかな気持ちをえる。
この第六巻(第八部永劫の章)で、読者は大日本帝国陸軍の中の一兵卒として在る自分に気付く。軍隊内部で錯綜する悲喜劇。
緊迫した状況下でドラマは予想もしない展開をする。感動につぐ感動。そしてあっというエピソード。ああ、大前田軍曹。
ああ、漫画はこのようなことが可能なのか。
「“一匹の犬'”から“一個の人間”へ実践的な回生・・・そのような物事のため全力的な精進の物語
―別の長い物語でなければなければならない」(最後の248頁)と、いう言葉通り。
己の生き方を問われる書である。
この書を完成させた人たちに感謝。第11回手塚治虫文化賞 新生賞、第36回日本漫画家協会賞 大賞おめでとう。
迷宮 (光文社文庫)
本作品は、推理小説という枠組みをとりながら、人間の老いと創造力というもの、安楽死あるいは尊厳死に対する是非というものを、考えさせられます(森鴎外『高瀬舟』の影響もあるのでしょう)。最後は、第四章『幽霊をめぐって』からの連関が素晴らしく、文字通り「うまくやられた!」的ではあるのですが、単なる推理小説を超えた、哲学的な問いを読者に残すところが、筆者の手腕であり、純文学作家たる所以です。
また、明らかに筆者が投影された人物である皆木旅人が、イプセンを始め、様々な作家や歌人や思想家について言及するところは、文学的に勉強になります。特に、第四章において、皆木が、「言論・表現公表者」の在るべき姿勢について言説する箇所は、多少なりとも文学に関心を持つ人は、必ずや読んでみるべきだと思います。
つまりは本書は、人間的な、文学的な、未完の問いを読者に残す好書です。
神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫)
2巻目に入った。長編を読む楽しみのひとつが、読んでいる期間中。本を閉じているときでさえ、その本で描かれた世界を思い描き、描かれた世界にともにいることだ。現実は本とともにあり、実際生きているここにはない。そういう不思議な陶酔状態を延々と続けることができる。読んでいる間だけ。
2巻目なのに、読み終わるのが惜しくなっている。意図的に読書速度を落として、この世界とともに過ごす時間が、少しでも長くしたいと考えつつある。
この小説の感想を述べてゆくことは、極めて困難だ。少なくとも現代小説には類例をみない。強いて例えるなら、昭和16年から昭和20年に起きた、軍隊生活内部での、できごとを、古文の表現手法で描き出した世界なのだろうか。
軍隊内部で行われる日常を通じて、主人公の内面は、古典から政治、文学、漢文、詩作にいたる自分自身の知的蓄積の内部を目まぐるしく文献を検索し、相手の発言や意図を予測する。
その思考の面白さと、博識さ、ついでに学べてしまう、あらゆる分野の文献の楽しみ方、そういうものをいっしょくたにして、展開してゆく。
誰も真似ができない。類似のものを書いたとしても、この筆者以外の筆力と知力では、それは必ず破綻するだろう。
そうして、この2巻目。1巻目とは趣を異にして、入営前の愛人との濃密な関係についての秘密が解き明かされてくる。主人公の頭脳の中を泳いでいるような心持ちだ。
縮図・インコ道理教
「題意」はあくまで「題意」という一編です。そこに作者の「主張」?を読みとろうとすることはこの小説そのものを否定することです。
また、作者は親切にも五の4に「陰画的陥穽」という題をつけています。「陥穽」の意味さえ知らず、なんだか批評めいたことを書いてる人がいるようですが・・・・。
これは小説です。それもとてつもなく手の込んだ小説です。「作者の主張」?などというものを見つけた人は、それは「作者の主張」?ではなく、「あなた自身の思考パターン」にすぎません。「作者の「主張」?を見つけたい人」は、決してこの本を「読む」ことは出来ないでしょう。誰かの「主張」に依存しないで自分の足で立てなければ「読む」ことは出来ないと思います。
「この本に出会えて良かった」と久しぶりに思いました。「体験」を与えてくれる本です。世界がパっくりひらいて別の世界がはみ出してくるような、今生きている目の前の世界がずれていくような、ここにいる私がほんとは別の世界にいるかのような、でも怖さは感じません。人を変える力のある本です。とてつもない本です。
なぜか自戒を込めて星四つにしました。星を埋めてしまうのが悪いような、何かをのこしておかなければならないような、なぜそう思うんでしょうか?
星の数は星をつける人の問題です。そう思ってください。