Lonely Planet Japan (Country Guide)
外国人が日本のどこに興味を持っているか、そして僕が見落としている日本を読むことが出来る。
県別で発行されている食堂と宿の宣伝ばかりのガイドブックよりもすばらしい。
まずは自分の町をチェックする(みんなやると思う)
あ、載ってない・・・
日本庭園〜銀閣寺・平等院・龍安寺…癒しの庭散策〜 [DVD]
庭園を見たり、庭をいじったりするのが好きな父へ、父の日のプレゼントとしてあげました。
そのため残念ながら私は見ていないのですが、大変喜んでました。庭園を眺めるだけでなく、庭園の意図や意味について解説しているようなので、入門書として使えるのではないでしょうか。私ももう少し年をとったら見せてもらいます。
龍安寺石庭を推理する (集英社新書)
歴史学界の外部にいる人達の研究書にとても面白いものが多いです(近年なら井沢元彦氏の『逆説の日本史』がその筆頭になるでしょう)。宮元健次氏も庭園デザインを専攻する美術学界の方ですが、本書は本職の学者による日本史研究書と比べても遜色がないです。文献・他説の検討、仮説、論証、そして龍安寺石庭そのものに対する挑み…。何よりも優れているのは、まるで上質の推理小説を読んでいるようなわくわくする論理展開です。これぞ「歴史を科学する」という楽しさです。新書なのにも関わらず図や写真資料が豊富であるという点も本書の魅力の一つです。
従来の日本史研究には世界史的視点の欠如という決定的なウィークポイントがあり、殊に日本文化・美術史はほとんど国粋的もしくはアジア美術に偏った説明がなされており、西洋の影響はわずかだったかの様な印象すら受けます。本書はその死角をも突くものです。龍安寺石庭における西欧的手法(例えばパーステクティヴ)の多用を著者は明らかにします。その延長線上にある、真の作庭者とは…。
私も含め、日本史教育に携わる者は得てして教科書的記述を鵜呑みにしてそのまま生徒に伝えがちです。「龍安寺石庭は室町時代の代表的文化財であり、阿弥号を持つ河原者によって作られたようだ」と。しかし本書の結論からその教科書的様相は一変するのです。思えばこの龍安寺石庭は1975年に来日したエリザベス女王が絶賛しなければこれほどまでに有名にはならなかったと思われます。「歴史教科書の記述は固定的なものではなく、時とともに変わっていくものだ」そんな自由さまで本書は感じさせてくれるのです。これからも大勢の修学旅行生がこの龍安寺石庭に訪れることでしょう。その時直感的にその美しさを体験するのと同時に、知の世界に関わる「教諭」は石庭の背景にある思想性・史的意義を知っておくべきだと思うのです。それによって全く違った視界が開けてくるのです。
龍安寺石庭の謎 (講談社文庫)
あいだに小説『鳥玄坊』シリーズを書いたから具合が悪くなったのか、
ここで出てくる鳥玄坊先生は、「=明石先生」と考えて間違いなさそうです。
一見、タイトルも内容も歴史ミステリー小説、
あるいは歴史的新発見の新説かと思えるのですが、
冒頭の“ゲーム”宣言、あとがきまで読み終えると、
本書がどちらともいえ、またどちらとも違う、
あくまでも知的(そうとうにハイレベルの)ゲームであることが浮かび上がってきます。
一時資料を縦横に駆使して定説を覆していくので、
『二人の天魔王』以上に真偽の判断は難しい
(というより素人には無理)のですが、
読み終えてみれば、どちらが真相か、というより、
そういう考え方を掴むことこそが本書の主題であることが分かるでしょう。