楢山節考 [DVD]
1958年作品、前年「喜びも悲しみも、」の大成功により木下恵介の松竹の社内的権力がピークになったと思われ、自由自在に会社資産を利用して見方によってはわがまま放題に製作された力作にして問題作(けっして傑作ではない)、スピルバーグが「未知との遭遇」後に「1941」を撮ったことを思い出すのだが、
「かつての日本はきわめて貧しい国」だったという歴史観を持つ人ほど本作にのめり込むように魅力を感じる現実がある(冷静に世界史を観察すれば日本ほど豊かに暮らし続けてきた国は他に存在しない事は自明のこと)、そして捨老伝説にまつわる仏教ならびに民間信仰がもつ説教や倫理に鈍い人も同様に本作に魅力を感じるはず、
何故に木下は得意のメロドラマ調(松竹人情劇)ではなくあえて歌舞伎様式を採用したのか? 答えは明らかだろう、貧しさゆえに老親を捨てるという現実にはありえない物語を「伝説を伝説として語る」ためである、
「伝説を伝説として語る」という理屈は歌舞伎等古典芸能に親しむ観客には当たり前すぎることだが、21世紀の現在では多くの観客に混乱を与えてしまうのは困ったものだとおもう、よって今村版を絶賛するような事態も生じることになるわけです、
同様な映画的問題として「ディア・ハンター」のロシアン・ルーレットをどう解釈するかがあり、観客の見る技量が問われている作品ともいえるでしょう
捨老人伝説を歴史上の事実と信じたり、昔の日本ではまるで日常的に赤ん坊の間引きがおこなわれていた、といった歪な歴史観はどこの由来するのだろうと思います、日本の歴史において過去幾度となく人心の荒廃は起った、原因は飢饉であり戦乱であり疾病だった、その度に私達の先祖はこれではいけない、と必ず立直ってきたことこそ現在の私達に連なる歴史であることに気づけるだけの豊かな心と智恵を持ちたいものです、
深沢七郎外伝―淋しいって痛快なんだ
私は、必ずしも深沢七郎の良い読者ではない。『楢山節考』こそ読んでいるが、そのほかの著書は「積読」の状態である。しかし、『風流夢譚』事件などのことは知っていたし、興味をくすぐられる作家の一人である。
本書を読み、深沢の生き方を表現するには「気まま」という言葉が合うのかなと思った。「自由」と言うと“責任”が付いてくるし、「わがまま」とも違っている。小説家としてデビューするまではもちろん、『風流夢譚』事件後の放浪、「ラブミー農場」や「今川焼」とその時々で、好きなように生きているように見える半面、やることはしっかりやっている。例えば、「ラブミー農場」では、金を出しておしまいというわけではなく、自分で農作業をしている。しかも、最も好きな作業というのが、たいていの人が嫌う「草刈り」というのだから、責任感からやっているのとは違っている。「今川焼」でもきちんと修業をしている。
著者は1970年代後半から深沢を担当した編集者だけあって、単に調べただけでなく、自分の目で見て、感じたことも交えながら、上記のように深沢の過ごした日々を分かりやすく描いている。
深沢のギターの腕前や同居人(一時期は2人)がいたことも初めて知ったし、決して貧しくはないその出自、また佐久総合病院とのかかわりなど、深沢の人となりが浮き彫りになっている。川端文学賞は辞退したものの、谷崎賞を受賞したことについて書かれた部分では、『風流夢譚』事件以後も、深いところで“反骨”の魂を秘めていたその人生観に迫っている。
全体の3分の2が深沢の生涯であり、残りの3分の1は、著者もかかわった死後19年目の新刊、同居人のその後、彼の遺品など、その死後の顛末について書かれている。
なお、深沢七郎の生誕100年となるのが2014年である。。
楢山節考 [DVD]
深沢七郎原作の『楢山節考』に同じ著者の『東北の神武たち』を取り入れたところが、映画『楢山節考』の成功した理由の一つであることは間違いない。助平のない今村昌平は考えられないし、これによりテーマが明確になったのではないか。
倍賞美津子は別にして、清川虹子を裸にしてしまうのもすごいが、坂本スミ子に実際に前歯を抜かせたというところが、監督の映画に対する、おりん婆さん以上の鬼気迫る執念を感じさせる。左とん平の演技も見事だった。
今村監督は「総じて人間とは何と面白いものか」をこの映画で如実に物語ってくれたが、私が最も「何と面白いものか」と感じたのは、やはり監督自身であった。
現代思想2011年11月臨時増刊号 総特集=宮本常一 生活へのまなざし
今回の3.11震災は、直接被災しなくても
2万人以上の犠牲者を出した津波の映像をリアルタイムで見て、目には見えない放射線被爆の報道がもう7ヶ月以上続いているという面では、これもまた人類未体験の被災の拡大と言えるのかもしれない。
最近、町の本屋をのぞくと宗教関係の特集をした書籍が増えていることに気づく。
親鸞の特集や五木寛之さんの他力思想のエッセイ集など、末法思想や大きな自然災害の後に力を持った宗教で、彼らの思想に惹かれるのは、自然なのかもしれない。
そんな中この(宮本常一)の特集本がそれらと並んで積み重ねられていた。「旅する巨人」に祈りに似た気持ちで多くの人が何かを求めている。震災後の中央政府の混乱ぶりや仮設住宅でとうとう冬を越すことになる現状などを見るほどに、「忘れられた日本人」の世界にある互助の思想や、農村共同体のような誇り高き地方自治で、失われた日本を今こそ復興すべし、と感じた。
しかし、この本を読むとそれがいかに安直な発想であるか思い知らされた。柳田国男や折口信夫と違い、戦後間もない頃から同時代に向けた発言をしてきた民俗学者であった宮本は、グリーンツーリズムの実践や、離島に資本が蓄積される方法について必死になって考えた最初の民俗学者であり、同時に多くの挫折を体験した周防大島の農民でもあった。社会構造の変化はあまりに早かった。特効薬は巨人をしても見つけられていない。希望は、宮本常一が常に若者に対して分け隔てなく接し、情熱的に励まし、接していた人々(宮本常一のまいた種)、その余熱がまだこの国のあちらこちらに残っている事かもしれない。簡単ではない、でも、宮本常一を博物館に入れてはならないと、強く思う。
楢山節考 (新潮文庫)
久しぶりに衝撃を受けた小説に出会った。
主人公はおりんという女性だが 本当の主人公は「村の掟」であると読んだ。
その掟は村人が作りだしたものなのだろうが それが自立した生き物
のように村の中を彷徨い、人々を従わせていく姿が本筋だと思う。食物を
盗んだ一家に対する処分、結婚と再婚の作法、そうして60歳を超えたら
神の住む山にその老人を捨てなければならないという棄老。
村人が「神」と呼んでいるものは「村の掟」に他ならない。
おりんは その「神」に むしろ嬉々として従っていく。自らの死を準備していく
姿には 奇妙な明るさと強さがある。本作が じめじめした親子の情愛譚に
留まらないのは その明るさと強さが放つ「光」が眩しいからだ。岩陰で 雪を
身にまといながら念仏を唱える場面は おりん自身が神になった様を思わせる。
戻ってきた息子に対して無言で手を振って返させているのは もはやおりんではない。