きことわ
25年前の夏と晩秋の今。永遠子と貴子の時間は行きつ戻りつする。二人とも繊細な女性だから、25年前の天気、着ていたもの、路傍のたたずまい、空気のにおいに至るまで覚えているのに、夢を通して牛乳瓶越しのようにぼんやりと過去を見ようとする。
それはおそらく、貴子の母春子を喪った悲しみから癒されていないから。夢うつつを自在に行き来しながらストーリーは淡々と進むけれども、25年ぶりに海辺の別荘に立ち戻って二人の記憶は蘇り、封じ込められていた悲しみも蘇ってしまう。ラストで貴子が海辺の別荘が更地になる夢を見るが、この別荘の解体と売却をやり終えることこそ、二人にとって春子の弔いに区切りをつけることなのかもしれない。
ただストーリーはそこの手前で終わってしまうし、30代の貴子にも40代の永遠子にも20代の筆者にも、なんか綺麗過ぎるというか、人生の大事なことを避けているようなもどかしさを感じてしまう。時間と言葉を操る朝吹さんの感性と技術は秀逸だけれども、「実際の永遠子に近い世代」からみると、物足りなさを覚えてしまう。まぁそこにこの作家の将来性があるのかもと期待したい。
夜のゲーム [DVD]
とかく“○○映画祭出品作品”というのは不可解な作品が多いように思います。
本作も,日本の第20回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で特別賞を受賞したという作品なのですが,結局何が言いたかったのかよく分からないまま悶々と見てしまいました。
原作は,小説家オ・ジョンヒssiの同名小説ですから文学的ではあるのでしょうが,映像的には冒頭の双眼鏡シーンに始まり,ダンプの運転手に殴られるシーン,煎じ薬として使われる蛙たち,豊満な乳房を映し出した着替えのシーンなど,音の世界を失った主人公の説明的な導入部としては意味不明さを感じます。
主人公ハ・ヒギョンssiの役柄は,言葉と聴力を失った35歳の女性ということでセリフこそありませんが,常に“制御された演技”を要求されるわけで,目つきや口元や仕草など,官能的な熱演が見どころとなっています。
「夜のゲーム」の意味するところが,夜毎に父親とする花札なのか,女としての性的行為なのか,おそらく後者を意味し,逃亡犯に襲われることによって女としての快楽に目覚めるといった辺りを描いているのだと思いますが難解です。
ちなみに,本作の原作本(波田野節子訳)が今月刊行されるみたいなので,それを読んでからもう一度見て見たいと思います。波田野節子さんといえば,NHKラジオハングル講座の応用編を担当された方で,以前にも呉貞姫ssiの小説集を翻訳されています。
興味のある方は,段々社から「金色の鯉の夢―オ・ジョンヒ小説集」として発刊されていますので読んでみてください。作者が38度線を越えるまでのお話や,越えてからのお話など,とても興味深い短編作品です。
漂砂のうたう
今回は芥川組に喰われた感のある直木組ですが、私は受賞4作の中で、まず本作を読みました。
その選択は大正解!さすがな出来です。
明治十年の東京は根津の遊郭街、そこに身を置く主人公と周囲の人物を描いた作品ですが、
その時代と場所をまるで一片の風景画のように、情緒たっぷり且つ克明に描いており、落語が登場人物にも作りにも用いられていることもあって、古典落語を聞いているように、気付けば、そこに自分もいる気分になること請け合いです。
さりとて、単なる上手い時代小説にとどまらず、いやむしろ、時代風景を描き込んだからこそ、人物の一人一人が心に染みてくるのです。
際立った展開や派手な伏線もクライマックスもありませんが、そうした作品を味わえる者には、格段の味わいとなることでしょう。
主人公の過去をほとんど描かないことは、他の人物の過去がサラッと明かされても、それが何かストーリーに大きく関わるわけではないことと合わせて、まさに漂砂という言葉を感じさせてくれます。人生の負けがこんだ者達の終着駅のちょい手前みたいな場所にいる者達の過去になんて意味は持ち難いというところが上手く描けています。ダメな人を輝かせない中から何を見出していくか、漂砂の「うたう」ものを聴き取れるか?読み手も試される作品でもあります。
最近は舞台や恰好だけ時代を移しただけのようなコスプレ時代小説(バチモン)も少なくありませんが、本書は、時代も場所も現代とは異なる舞台と人々を描き込むことで、読者もそれを読み込むことで、現代や自分に通じるものを得られるものと思います。
苦役列車
こういう作品が文学なのかは僕は分からないが、
一気に押し込まれたような読後感がある。
とても印象的な作品だ。
私小説ってこういう小説なんだ、
ということが良く分かった。
私小説だから、
自分の境遇と照らし合わせるとか、
緻密な構成に感嘆するということは、無い。
作中人物のケガれネジれた根性を目の当たりにし、
ぐっと息を呑む。
そういう「娯楽作品」。
ゾンビ映画と同じかなと思う。