六白金星・可能性の文学 他十一篇 (岩波文庫)
「道なき道」
「髪」
「表彰」
「女の橋」
「船場の娘」
「大阪の女」
「六白金星」
「アド・バルーン」
「世相」
「競馬」
「郷愁」
「二流文楽論」
「可能性の文学」
新潮文庫版、講談社文芸文庫版とよく見比べてから購入されたし。
イチオシはやはり「可能性の文学」だろうか。
夫婦善哉 (新潮文庫)
表題作より併録のこちらの批評の方が面白かった。
文学論好きな方に是非読んで頂きたい。ごく短いので、すぐに読める。
この批評は新しい文学を志向しながらも、いたずらに古い文学を貶すことなく、
「古い文学で定石となっている形式(主にタイクツな身辺小説)」
を無条件で良しとすることの弊害を説いている。
冒頭の将棋名人の例にあるように、たとえ勝負に負ける羽目になろうとも、
文学上の定石を妄信してそれに捕らわれてはならないのである。
むしろ乗り越えねばならない。
定石ではないやり方を用いて結果的に負けてしまってもしょうがないが、
事なかれ主義で定石の枠に留まっていてはならず、
定石から敢えて外れて可能性を広めねば日本文学の発展はないのである。
当時の小説好きの人々が、
「私小説・身辺小説(=事実の裏打ちのある小説)」
「娯楽性のないタイクツな小説を是とすること」
にどれほど拘っていたかが分かり、興味深い。
志賀直哉批判の作品としては、
他に太宰の「如是我聞」や安吾の「不良少年とキリスト」などがあるが、
これらと比して「可能性の文学」における志賀直哉批判はより理屈がきちんとしており、
読み手に批判内容が伝わり易いように思う。
目次
・夫婦善哉
・放浪
・勧善懲悪
・六白金星
・アド・バルーン
・可能性の文学
夫婦善哉 [DVD]
成瀬巳喜男他日本映画全盛期の名画がDVD化されるそうで嬉しい。名匠・豊田四郎の「夫婦善哉」も人情ものの傑作で、甲斐性のないボンボンとキップのいい芸者の恋の道行きを大阪を舞台にした、笑いあり、ペーソスありの何とも言えぬ世界を作り出している。大店の若旦那でありながら、商売に身が入らず、あげく、芸者と駆け落ちして勘当。自分で金を稼ぐ甲斐性もなく、じり貧になり、店は婿養子に牛耳られ、金の無心もままならない。この頼りない若旦那を演じる森繁がなんとも上手い。絶品のはまり役だろう。相手の芸者を演じる淡島千景も好演。二人の間には日本らしいシットリとした情緒がある。二人の演技を見ているだけでも飽きない。極楽とんぼの若旦那は「便りにしてまっせ」と蝶子と二人の生活に馴染んでいく。こんな世界も昔はあったのか、と思わせる風情のある傑作である。
名短篇ほりだしもの (ちくま文庫)
『とっておき名短篇 (ちくま文庫)』に続く姉妹篇のアンソロジー。収録作品全体の面白さという点では『とっておき名短篇』と比べて落ちる気がしましたけれど、本文庫には嬉しい出会いと、「えっ!」という驚きがありました。
嬉しい出会いというのは、このアンソロジーで初めて読んだ伊藤人譽(いとう ひとよ)の作品を読めたこと。「穴の底」「落ちてくる!」の二篇が収められているんですが、いずれも、絶体絶命の状況下にある主人公の焦り、不安が、作品のテーマになっています。ウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)の短編小説を、幻想、ホラー風に仕立てたらこうもあろうか、というような味わいの短篇。なかでも、窮地から逃れようと必死になる主人公の男の行動と心理に、ぞくぞくするサスペンスを感じた「穴の底」が出色の逸品。いやあ、ここで読まなければ、おそらく一生出会うことはなかっただろう作品。紹介してくださった北村薫さんに感謝です!
片や、「えっ!」という驚きを味わったのは、宮部みゆきさんとの解説対談の席上、作品の謎に絡む北村さんの発言に触れた時でした。作品は、石川桂郎(いしかわ けいろう)の「少年」。この短篇のある謎をめぐって、宮部さんと北村さんが違う受け止め方をしている。私は、宮部さんとおんなじことを考えていた。でも、北村さんの解釈を聞くと、「そう推測したほうが、この作品の奥行きは深くなるかも」と、そう思ったですね。果たして、作者はどう考えてこの謎を提出したのか。北村さんの解釈が合っているかどうか、この作品からだけでは判断できません。謎は謎のまま残る。でも、こんなふうに解釈すると、作品に違った側面が生まれ、深みが増すと知って、何か得をした気持ちになりました。
本文庫の収録作品は、以下のとおり。
宮沢章夫「だめに向かって」
宮沢章夫「探さないでください」
片岡義男「吹いていく風のバラッド」より『12』『16』
中村正常(まさつね)「日曜日のホテルの電話」
中村正常「幸福な結婚」
中村正常「三人のウルトラ・マダム」
石川桂郎「剃刀日記」より『序』『蝶』『炭』『薔薇』『指輪』
石川桂郎「少年」
芥川龍之介「カルメン」
志賀直哉「イヅク川」
内田百けん「亀鳴くや」
里見とん「小坪の漁師」
久野(くの)豊彦「虎に化ける」
尾崎士郎「中村遊廓」
伊藤人譽「穴の底」
伊藤人譽「落ちてくる!」
織田作之助「探し人」
織田作之助「人情噺」
織田作之助「天衣無縫」
おしまいに、編者の北村薫、宮部みゆきの解説対談「過呼吸になりそうなほど怖かった!」(於 山の上ホテル 2010.9.28)