檀流クッキング (中公文庫BIBLIO)
檀一雄の料理本である。今読んでも、技巧に走らない料理が伝わってくる。料理の出来る男の時代になり久しいが、この本は男子が厨房に入るきっかけを作った(らしい)。男らしく細かな手順や分量などほとんど無視していたかの様に書かれているが、娘の檀ふみのエッセーによると、実際は精密に精密にグラム単位で料理をしていた(らしい)。肝要なポイントさえ押さえれば、あとは自由でよいが、質実剛健さの中に大変な繊細さが隠されている。ちなみにレシピどおり作れば、そのまま出来ます。
火宅の人 (上巻) (新潮文庫)
無頼派作家檀一雄の代表作。哀しいまでに孤独な男(=作者自身)を描いた小説である。私小説の極地と言うより、事実をそのまま綴ったもの。
一見、家族を捨て、愛人と自由奔放な生活を送る粋人と見えて、実は何処にも行き場所がない寂寞感に溢れた男の姿が伝わって来る。それでいて、家族との絆が切れない不思議な関係も伝わって来て微妙な思いに捉われる。作者が唯一できる小説書きの仕事も、書くネタがなく、事実をありのままに書くしかない(=本作)という無能の人が、その無能ぶりを晒すしか他に生きるすべがないと言う自嘲と諦念。それでも、作者には何か未来に希望を見い出す生来の無意識な明るさが備わっているように感じられる。
作者が自己卑下の中、自分の居場所を見い出せないでいる男の寂寥感を綴った作品。
美味放浪記 (中公文庫BIBLIO)
初版発行1976年。2010年に改版4刷刊とあるから、まだ増刷されてる!すごい本です。
さて、壇一雄と言えば「火宅の人」。愛人との逃避生活と破滅を文芸誌に断続的に連載し、緒方拳、いしだあゆみ、原田美枝子で映画化もされて、なんというか、女の立場からすると、とんでもない人ですよね…。この人に興味を持ったのは、またしても沢木耕太郎。「壇」という、壇一雄の奥様、ヨソコさんにインタビューして、他者が一人称で書く文体で壇一雄を書ききった本を読んだことがきっかけです。
奥様ヨソコさんとの1年に渡るインタビューから、沢木耕太郎が、壇一雄像を奥様の目で描き切るアプローチ。それは、見事に成功したらしく、「壇」を読んだ奥様は、「あなたが書いてしまったら、私の中に生きていた壇が死んでしまいました___」とか言ったそうです。
さて、その壇一雄さんの著作として、「火宅の人」を読もうかな、とも思ったのですが、同じく沢木耕太郎の「一号線を北上せよ」のポルトガルの編に壇一雄の飲み食いの話が書かれていて、そちらに興味をそそられました。
「美味放浪記」は、旅好き(というか、1年ぐらい家に帰らないことはザラ)の壇さんが、日本の各地、外国の各地を旅して食べてきたものについてのエッセイ。国内外を問わず、高級料理、高級料亭の類に興味はなく、地元の人が屋台様な気取らない店で、ちゃっちゃとつくって食べられる、安くて旨くてそこにしかないものこそ「美味」という評価です。
国内は、釧路、網走、札幌、函館、津軽、南部、秋田、新潟、首都圏は飛ばして志摩・南紀、京都大阪神戸、高知に岡山広島、北九州南九州。
海外は、スペイン、ポルトガル、モロッコ、ドイツ・オーストリア、北欧、イギリス、豪州、ソビエト、フランス、中国、韓国。
もう一度書くが、1976年の初版です。つまり、旅したのはさらにそれより前になります。
そんな大昔(?)に、驚くことに、「タジン鍋」の記述があるのです。
(本文引用)
ここで、少し面倒な説明をするなら、「タジン」と云うのは、云わば、シチューである。鍋で煮た煮込料理である。「タジン・サラウイ」と云う蓋付きの鍋があって、蓋の恰好は、丁度日本の擂鉢を逆様にしたようだが、もっと頂上がとがっている。
擂鉢と同じように褐色に光る土鍋であり、その蓋が、ぴったりと土鍋にはまり込むように成っていて、円錐形に高く聳え立っているのである。
(中略)どうして、こんな大きな蓋をのっけるのか、私にははっきりとsの事情をたしかめてみないが、或いは蒸気抜きの穴を嫌うのか、或いは内容の温度に関係があるのかもわからない。
すでに私たちは「タジン鍋」の形を知っていますから、この文章を読みながら、「あぁ、確かに擂鉢を逆様にして、先っちょを尖らしたような感じネ」とイメージができるが、初版の頃の人は、どう読んだのだろう?
また、こうした時代にこれだけの国々へ行き、汽車のコンパートメントに偶然乗り合わせた、ドイツ人の盗人(?)たちや、ロシアの女医さんたちと葡萄酒や、ウォッカや、ウイスキーで酒盛りをしたり、食べに食べ、飲みに飲み、やんちゃのし放題。まったく、読んでるだけで美味しくなってきます。
世界中の情報がインターネットを通じてレコメンドされたり、簡単に検索して情報として得ることができてしまう時代にあっても、この本に書かれているだけの「ネタ」を経験として身体に刻み、文章に残せる人は少ないのではないでしょうか。そういう意味で、この本は、是非、食べることや料理がクリエイティブな作業だと知っている人たちにオススメしたいです。料理をつくる人、素材をつくる人、それを売る人、そしてすべての「食べる人々」。きっと何かの役に立つことと思います。
いつか、この人の訪れた地方、国へ行き、同じようなものを食べて飲んでしてみたいものです。
まずは、チロル地方(オーストリア)の「バウエルン・ブラーテン」。壇さんの舌の記憶では、骨付燻製肉(牛)の煮込みだそうだが、名称も正しいのかどうか。いま、試しに検索かけてみたら、ヒットしなかった(笑)
壇さんの食べた味を求めて放浪することができたら、どれだけ楽しいでしょうか。いつか、行ってみたいですね。
壇さんはお料理もする人なので、「あれが旨い、これが旨い」と書くだけでなく、どんな味つけがされているか、薬味は、下ごしらえは、火の入れ方は、と調理方法についても言及が細かい。その気になれば、レシピとしても活用できるエッセイです。
火宅の人 [DVD]
特筆すべきポイントは2点
・壇一雄の「火宅の人」を映画化したこの作品に壇ふみさんがでてます
・原田美枝子さんが期待以上にいいです。キレイです。あんなにもきれいで豊満で形のいいバストだったなんて、と感嘆してしまいました。
奇縁まんだら
日経という新聞は「私の履歴書」という、時には次の日が来るのが待ち遠しくなることもある(そうでもないことが最近は多いが)名物コーナーをもっているが、この瀬戸道寂聴の連載は会心のヒットだった。この連載を読むだけでも新聞代を払う価値はあった。継続は力。長く生きていないと見えてこないもの、書けないものもある。