百枚の定家〈上〉 (幻冬舎文庫)
アメリカで見つかった藤原定家筆の小倉百人一首色紙が
本物か偽物かをめぐって新設美術館の学芸員が奔走する。
それに絡んで起こる殺人事件。本書では犯人探しよりも
色紙の謎解きがメインになっている。日本の歴史はもと
より書道、茶道の歴史まで切り込んだ奥深い内容に、ま
さしくページを繰る手が止まらない。歴史的な記述は
複雑で決してわかりやすいとは言えないが、それだけに
何度も読み返してみたくなる本だ。
越前宰相秀康
お万の方という家康の側室は名前は知っていたがそのプロフィールは阿茶の局や西郷の局ほど知られていない。その時代にしては斬新な女性を母に持ち、父(家康)に疎まれながら育った秀康の生涯を鮮やかに描く。兄、信康との交流のエピソードを交え、徳川のもう一つの柱石でありながら、歴史が無視してきた越前宰相の姿を見事に再現している。
女(おなご)にこそあれ次郎法師
次郎法師と名告らなければならなかった跡取りの乙女が、戦国の理不尽を愛する人々を失い迷いながらも健気に生きる。一人の女性を通してみる時代史。井伊と今川との関係、井伊家は井伊谷の国人地頭からどのようにして徳川譜代の重鎮となったのか、戦国を生きる女性達の男への思いと女同士の関係が絡み合う。忠義と裏切りと嫉妬と出世。お馴染みの信玄や徳川家康などが関連して出てくるが、視点が違う。一気に読ませる。引馬とは今のどこ? 遠州と三河、甲州の戦国時代地図が欲しいところだ。築山殿や信康の死など面白い切り口だ。
橘三千代〈上〉
古代の最強カップルといえば、持統天皇と天武天皇を思い浮かべる方が多いと思いますが、橘三千代と藤原不比等もそれに劣らぬ凄まじい夫婦です。妻は後宮のトップ、夫は朝廷の第一人者。天皇家も宮廷の裏と表を押えられてはどうしようもない。この二人が結託したら、できないことは何もないという感じです。
橘三千代は、さほどやんごとなき身分の出ではありません。にもかかわらず、色香に頼るでもなく、親や夫の権勢に頼るでもなく、実力で頂上までのぼりつめた。不比等と組んでからは、もちろん不比等の力が大きくものを言ったのはいうまでもないですが、一方的に寄りかかるのではなく、支え支えられの共闘関係です。そして、同志不比等の死後も立ち止まることなく、前を見据え続けた。天皇から「橘」という姓を賜るという最大の栄誉に浴した一人の女性の物語です。
阿修羅 (新人物文庫)
この時代に興味があり藤原不比等や橘美千代を描いた本を物色しているときにこの本を見つけました。ただレビューの評価があまりに低いので躊躇していましたが、実際に購入してみると、さにあらず、読みごたえは十分だったと思います。古代を舞台にした歴史小説の場合、登場人物の実像が不明な分だけかなり自由な人物設定が可能です。その分、断片的に残された史実との整合性が合わないでリアリティに欠けてしまうという失敗例が多いと思います。そういう点ではこの「阿修羅」は成功例にはいると思います。感情移入も十分できるリアリティも持ち合わせています。ただ、個人的には、藤原八束とのからみを、クーデター直前の段階で(史実に反しないかぎりで)ストーリーのなかに盛り込んでもらうとよかったかなと思いました。