古寺巡礼 (岩波文庫)
該博な知識に圧倒されてつい忘れてしまいがちになるが、これは和辻の20代の終わりに書き留められた印象記である。それを踏まえつつ読み進めていくと、確かにその筆の運びは若い。
それが、著者自身が「改版序」において自覚的に書いているような「情熱」であったり、「自由な想像力の飛翔」であったりすることは間違いない。しかし、それだけではない。
これだけ仏教美術に触れ、繊細な直感を自在に羽ばたかせながら、和辻がここでスルーしているもの。それは「死」である。
古都古寺を巡り、その成立の源にまで遡りながら、この本には死の影が極めて希薄である。その意味で、これは美術史・文化史の書でありつつも宗教の書とは為り得ていない。
だが、こうして奈良の地を巡ることができるほどには健康であったと思しき若き日の和辻であれば、それは当然の成り行きであったのかも知れぬ。ここで既に見ることのできる鋭い直感や自由な想像力をもって、和辻の生涯の思索はどこへ向かっていったのか。二体の観音像についての印象をもって閉じられる記述を読みつつ、評者はそのような方向への関心を抱くに至った。
木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)
法隆寺最後の宮大工西岡常一とその弟子小川三夫、そしてそのお弟子さんたちのことばを伝えたのが本書。
えてして説教臭くなるところをぐっと抑えて、若い人たちへのメッセージにしたところが好感が持てると思います。
単なる技術論ではなく、長い経験に裏打ちされた職人論・自然論・教育論になっていると思います。
木に学べ―法隆寺・薬師寺の美 (小学館文庫)
1988年に出た単行本の文庫化。
西岡常一さんは、代々法隆寺の宮大工の棟梁を務めてきたという家柄に生まれ、法隆寺昭和の大修理、薬師寺の金堂や西塔の再建を手がけた人物。
宮大工としての気構えがメイン。木の扱い方、道具の選び方、仕事への情熱。そういったものが熱く語られていく。法隆寺、薬師寺のことのほか、自身の生い立ち、棟梁としての仕事、木を選びに台湾へ行ったことなども。
宮大工としての凄さが伝わってくる本であった。特に、木へのこだわり、大工としてのプライドは比類ない。
ただ、昔は良かった式の話が多いので、どこまで信用できるのか。それから、同じ話の繰り返しが目に付く。
関西の言葉で、語った調子のそのままが収められているので、慣れていないひとには読みにくいかも。
なお、聞き書きの名人として知られる塩野米松さんがインタビュー、西岡さんの話を文章にまとめたものである。