CinemaComplex
リンクスは非常に大好きで、コンサートにも足を運んでいる。
一般的なフルートだけでなく、オーケストラで使われるアルトフルート、バスフルート、そしてピッコロが使われている曲もある。
一見、フルートだけでのオケを再現となると、サウンドに厚みがでないのでは、と思う人もいるかもしれない。
当の私自身、一体どんな風なのかと思っていた。
しかし、実際に聴いて心底、魅力にとりつかれてしまった。
絶妙の掛け合いがこれまた素晴らしく、ため息物である。
このアルバムでは、魔女の宅急便 「海の見える街」が最高に素晴らしい。ピッコロの音色がとても綺麗にはまっている。
ストリングスや打ち込みも入っている曲もあるが、この曲はフルートのみ。
他、CMでよく聴く「SUMMER」やもののけ姫「いつでも何度でも」など秀逸揃い。
減点1は打ち込みの音が、全体を軽くしているように聴こえるため。
大人は判ってくれない [DVD]
面白かった!アントワーヌの母親も父親も先生も子供のこと判ろうとしないくせにいっつも命令口調で、今も昔も大人って変わらないんだなってけっこう笑いながら観てました。それに子供のせいにして自分が本当のわがままだって知らないあたり本当大人って馬鹿!って思いました。そんなの子供は窮屈ですよね。でも、それにしてもアントワーヌは単純すぎると思います。私がアントワーヌぐらいの頃はもっと頭良かったっつか私がアントワーヌだったらもっと上手くやるな。まあ、上手く子供のことを描いてると思いました。
トリュフォー作品集 BEST COLLECTION
トリュフォーは音楽の使い方にはかなりこだわりをもっていた。
際立って正統なスコアを書くことで知られるドルリューの音楽が
このCDの多くを占めているが、音楽は映画から独立してはならない
というトリュフォーの考えを感じることはできるだろうか。
個人的に気に入っている「恋のエチュード」からは4曲が収録されたが、
主人公3人が雨よけのために洞窟のなかで「レモン絞り?」をするシーンに
流れた曲が入ってなくて少しがっかり・・・。しかし、メインテーマにあたる
曲はほとんど網羅されているから、トリュフォー映画好きの方にはいいかも。
子どもは判ってくれない (文春文庫)
どうも内田さんがブログに綴ったものを書籍化したものの中の1冊であるようです。そして大変面白く共感できる考え方でした。内田さんの物の考え方は非常にクールで筋道がはっきりしていて、それでいて分からない事を無理に断定しない考え方に共感いたします。歯切れの良くない考えなり、状態をいかに耐えるか?そのために必要なことは私は「認める」チカラだと考えます。または「引き受ける」覚悟だと。本書の中のまえがきにあたる「たいへん長いまえがき」を一読して頂く事をオススメするのですが、思い切って結論を出すと(本当はこの行為がもっとも良くないのですが、基本的にはこの本を紹介したい気持ちの上でやっています、読んでいただけたら、もっと話しが「早い」のですが)気持ちのよい「正論」にはあまり意味が無い事が多い、気持ち良いスッキリする事ですけれど、あまり意味がなく現実性は薄い事が多い、それは相手に伝えようとしていないからではないか?、相手に伝わらないコミニケーションほど不毛な事はない、またそのコミニケーションそのものが不毛なものとして定着しつつある事は非常に危惧すべきことである、という事だと私は捉えました。
中でも「弱い敵と共存する事を市民の責務」と考える事は衝撃的でした。でもそこにこそ、オトナとは何か?があるのではないかと。対立するものを含んでんの集団を代表する面倒を抱えることが、望ましいオトナや公人なのではないかと。相反する意見の持ち主を切って捨て同胞にカウントしない事のスッキリした気持ちよさに抗うことの重要性と、複雑になってしまうコミニュケーションが結局スキルを挙げることになるのではないかと気付かせてくれたことが良かったです。
また、「呪いのコミニュケーション」は鋭い考察です。沈黙を強いる呪いの言葉を発する者の欲望は、善意や愛情の発露と信じている恐ろしさ。これだけでは判ってもらえないかも知れませんが、興味を持たれた方には是非この章だけでもオススメ致します(春日 武彦先生の「『治らない』時代の医療者心得手帳」にも出てくる「コントロール願望」です、こちらもホントにオススメです)。でもこの呪いの言葉を吐きやすい方々は想像力がなく、善意であればだいたい許されるという思考回路を持った客観性の無い人である可能性が(私個人の経験からは)高いと思います。だからそんな人々はこの手の本を手に取ったりする確率は、、、低いのでしょうね。
このオジサン的文体というか語り口が、妙に心地よい読みやすさを与えていて私は良いと思いました。もう少しみんなで賢くなろうと努力できれば、住みやすくなると思うのですが。
難しいところは内田さんの意見が届いて欲しい人たちにこの本を読んでもらえるか?というところだと思います。そこが1番難しい、内田さんは上手い方だと思いますが、もっと効率よくならないものか?とも思ってしまいます。
少しでもこの感想(非常に浅い、個人的な感想ですが)に興味を持たれた方なら、オススメです、考える事の楽しさに興味がある方にオススメ致します。
あこがれ・大人は判ってくれない〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選1〕 [DVD]
フランス、そして世界を代表する映画監督フランソワ・トリュフォーの長編デビュー作であるこの映画は、「亡きアンドレ・バザンの思い出に」という献辞ではじまる。アンドレ・バザンという人は映画評論家であり、問題児だったトリュフォーを映画の場所に導いた人生の師であり、トリュフォーはのちに彼を「精神的父親」と呼んだ。大人に見放されて育ったトリュフォー少年が出会った、人生ではじめて心から信頼して尊敬できる大人、それがアンドレ・バザンである。しかし本作がクランクインをむかえた当日、悲運にもバザンは亡くなってしまったのである。バザンがいなければ、間違いなく映画監督トリュフォーはこの世にいなかっただろう。
この映画は『大人は判ってくれない』という邦題があてられているが、子供の気持ちを判って欲しい、というような主張は私にはほとんど感じられない。もちろんこの映画はトリュフォー自身の不遇の少年時代をモデルにしたものであるから、作者の意図を汲み取るのは比較的簡単なことだろうと思う。しかし、この作品から大人に対する怒りや憎悪という感情が果たして読み取れるだろうか?トリュフォーはおそらく個人的な感情だけで映画を撮ることを嫌っただろう。アントワーヌ役のジャン=ピエール・レオーに幼い日の自身を重ねたかもしれないが、なによりも映画を撮る喜びを一番に見出していたはずである。トリュフォーが子供に向ける眼差しというのは、親に愛されたことのない幼少時代の記憶を呼び起こすものではなく、映画を撮る喜びに結びつくものだと私は思うのだ。
この映画が大人に対する怒りを作り手が一方的にぶつけたものでなく、思春期の少年の揺れる気持ちをそのまま描くだけに留まっているのは、アンドレ・バザンというはじめて心から信頼し尊敬できる大人に出会ったトリュフォー少年が「人を愛することのやさしさ」を見出すことができからではないか。だからこの映画は、大人を非難するようなお説教じみた雰囲気もなければ、親に見捨てられたかわいそうな子供がいたら救いの手を差し伸べてあげてくださいというような、観客の同情を煽るための物語ではない。あるのは自分を脅かす存在の大人や世間に対して叫ぶ声も持たない弱い立場にある子供の等身大の姿、どうしようもできない感情だ。ラストシーンの、鑑別所から逃走して海辺にたどりついたアントワーヌの表情がまさにそれを物語っているのではないだろうか。