恍惚の人 (新潮文庫)
以前「非色」を読んだときもそうだったが、
この人の作品は自分の価値観や、ものの考え方に大きな影響を与える。
自分に降りかかる「介護」と、自分に訪れる「老い」の双方について
大きな不安を与える内容がシビアに描かれてはいるが、
「愛」というほどではない「救い」が作品の骨格を支えているので
絶望に陥るほどのことはなく、ただ、テーマに対する思索を深めてくれる。
娯楽として気軽に読める本ではないけれど、「高齢化社会」を語るニュースを見るより
この本を読んだ方がはるかに心に染みるので、特に若い人に読んで欲しい。
紀ノ川 [DVD]
基本的には徹底した洋画派なのだけど、たま〜に邦画を見ちゃったりして
それが大当たりだったりすると、めっちゃ嬉しいものであります。
で、これはBingo!でありました。
ストーリーはずばり『女の一生』です。
単純極まりないのです。
でも冒頭にどぉん、と現れる東山千栄子
トリをぐいっと引き締める沢村貞子
大女優の力量というものを存分に味わえる名画でございます。
それから武満徹の音楽が素晴らしい。
たゆたう川の大らかさの中に
「生」の重さをちりばめるような
静かなパーカッションが時折響く。
確かに何かが進んで行く、そんな人の営みの繰り返しを
密かに支えているような生命体の音のようでした。
二時間がとても長く、充実したものに感じられたのであります。
悪女について (新潮文庫 (あ-5-19))
有吉佐和子さんって、すごい作家だと思いますが、特に恐い女、むかつく女を書かせたら天下一品だと思います。故人のことどうこう言いたくないけど、こんな事がこんな風に見事に書ける人は、ご本人も少しはそういう性格なのか、それともそういう人に振り回されてきた人生だったのか?と勘ぐってしまいます。
鈴木君子みたいな女、知ってますよ。本当の悪女というのは、人に悪女と思わせない人じゃないといけない、のでしょうか。とにかく、圧巻!という一冊です。
恍惚の人 [DVD]
『銀座カンカン娘』を見た翌日に、この作品が届いた。高峰秀子の役柄のシリアスな転換振りに度肝を抜かれた。高峰が49歳の作品だから、僕の現在と同年代になる。高峰ファンに昨今、急速に転化した自分としてはレンタルでなくて、現物を購入したのは旨い買い物をしたと自得している。庭に咲く白い花に、老父の森繁がうっとりと見入る、この作品の見せ場だと思うが、この一瞬の表情こそ題名の通りの『恍惚』の瞬間なのだ、というアピールを森繁の演技に感じた。そして健常人と自認している人々には体験することの出来ない世界、味わい伺い知ることの出来ない『美』の世界が厳然として存在し、不憫と見做されている認知症の人間にこそ、つかめる事の出来る、そういう『恍惚』に浸れる世界があるということ、認知症という扱いを受ける人々の健常人への密かな、ある種の優越性というものを表現しきったシーンと感じた。老父が亡くなったあとで、老父の孫が、母の高峰に投げかけた、ひとこと「もう少し生かしておいても、よかったね」に、高峰が慄然とした表情をする、この一瞬の表情に、嫁として、実の血の繋がった息子や娘よりも、誠心誠意、老父に深い愛情を体当たりで示してきたが、おもてには表さなかったが心の深奥で抱いていた本心、それは自分自身が一番自分のなかに存在していることを恐れていた感情、人に覗かれたくない本音というものを息子にいとも造作なく見破られていたことへの驚愕、そういう感情の襞を高峰は見事に表現している。高峰の作品の随所で見られる高峰の十八番、一瞬の表情に無限の言葉を込めるという天賦の才、これがこの作品においても、ラストシーンで十全に発揮されていた。そういう高峰ファンとしては舌鼓をことさら強く打たせてくれる作品であった。
複合汚染 (新潮文庫)
この本が書かれたのは、いまから30年近く前のことだ。著者の有吉さんはこれを書いた10年後に急逝している。現代のBSEや農薬問題など、これほど食品の安全性が問われているこの時代に生きていたら、何を思い、またどんな小説を書かれただろうか。
30年前に書かれたものでも、ここで有吉さんが訴えようとしていることは、現代の環境や食の問題の根本と何ら変わらない。むしろ変わらなすぎることに驚愕を覚える。消費者は、便利さから無意識に毒を選び、業界は安全性より経済を優先し、行政は業界の利益を守り、欧米でどんな問題が起きていようと日本は安全と嘘吹く。
有吉さんが書かれているように、「日本はあらゆる公害の人体実験を自ら行っていると、欧米から好奇の目で見られている」という現状は、いまも続いているの違いない。環境問題をいかに日本がないがしろにしてきたか、一消費者として、「うっ」と胸につまる記述がたくさんある。
この本は、生活者の目線で、平易なことばを使って、科学の知識のないものでも分かりやすく読める。その裏には、有吉さんの緻密で精力的な取材活動があった。ものすごい情報量がここには詰まっている。すでに環境問題のバイブルとして名高いが、現代においてこそ、読み返されるべき本だと思う。