悪人 スタンダード・エディション [DVD]
映画の冒頭部で、これは覚悟して観なければいけないと思った。底冷えのするような人間の業が薄暗い画面から漂ってくる映像。これから本気で観る気があるのかと、作り手の気迫が感じられるような気がしたからだ。
映画館で観たかったが機会を脱し、レンタルでのDVD鑑賞となったが、早送りができなかった。してはいけない気がした。善悪で片付かない人間ドラマの重なりに、ただただ感嘆するばかりで、ラストシーンとエンドロールの歌の余韻が残った。
犯罪の恐ろしさに増して、始めのころの主人公祐一の目の空虚さはゾッとする。物語が進むにつれて、少しずつ人間らしい表情がちらほら出てくるのだが、それがとにかく妻夫木さんではなく、まさに祐一そのもののようで、恐ろしいくらいの熱演である。
目線が、下もしくは何も見ていないような目が、最後には血が通った人間の激情になる。罪を犯し、決して共感できる行動をしている訳ではないのに、どこか他人とは思えないのは何故だろう。
深津さん演じる光代の目線の温かみを、不思議と視聴者も持って、祐一を見てしまうのではないだろうか。どんな状況にあっても、光代の祐一の顔に添える手の優しさは一貫している。それが物語の救いのような気がした。同時に、女としての気迫と弱さも併せ持ち、バランスの取り方が微妙な演技は、本当にすごい。
本作には、とても有名な俳優さんばかりがキャスティングされている。その場合、他の役などでのイメージがあって、なかなか物語に馴染めないように思うことがある。しかし、「悪人」に出ている方々は、役と本人の境目が垣間見えるというか、作品を生きつつも見せたくないような人間の感情の果てを、その現場で作り出してくれているような気がして、こんな作品は稀だと思う。
原作も拝見したが、設定や台詞が同じでなくとも、映画と原作の方向性が同じことにも感心した。
もちろん、本作の全てが完璧だとは思わない。スッキリしないような思いも残る。でも、それを凌駕するような、視聴者への判断に委ねている作り手の気迫に圧倒されてしまう。
明るい気持ちで気軽に楽しめる映画ではないが、心に響く作品だと思う。見る側にも、人間とは、を真剣に問う力を持っている。メッセージは切実だが同時に温かい、そこがこの映画の魅力だと思う。
悪名の棺―笹川良一伝
あれは確か、20世紀の終わりごろだった。前日に三河の山の頂上にあるホテルに泊まったぼくは、
早起きして浜名湖競艇場の特別観覧席のひとつに座っていた。施設改善記念競走が行われるのである。
施設改善記念競走は、施設改修の費用を捻出するために行われる特別競争で、
A 級選手の超一流が5,6人、あとは1,5級といった選手が集まって行われる賞金が500万ほどの競争である。
そのレースのぼくの目当ては岡山の黒明選手である。
その日浜名湖競艇場にはとても競艇ファンとは思えないおばちゃんたちも集まっていた。
この記念競走に伴って開催される細川たかしショウが、競艇場の入場料50円を払えば見られるからだ。
先着者には当時100円したライターも配られ、まるもうけである。
しかし真の競艇ファンはこんなショウには見向きもせずに、赤鉛筆片手に朝の練習を凝視する。
「今村、あのボロエンジン直したみたいやな、結構出とるで」
「高峰はでてみえんで。即格納だぎゃ」
競艇ファンがショウに目を向けるのは横山やすしがゲストの時だけである。しかし主催者側は
横山やすしをゲストには呼びたがらない。ダーティなイメージがあるからだ。競艇界はあげて、
黒のイメージを払拭しようとしていた。
その黒のイメージの総元締めが日本船舶振興会会長笹川良一氏(当時)。
今日はその笹川氏自身が競艇場にやってきて、ファンに向かって挨拶するらしい。
うわさが飛ぶ。
「笹川さんは、自分専用のコックを連れて全国の競艇場回っとるらしいで」
「下の(競走場内の)メシ、けっこう旨いから食うたらええのになあ(たしかに旨いところが多い)」
観覧席には上と下があって、上はVIP席なのである。
笹川さんが競走水面上に組まれた特設ステージの上にやってきた。これまでのショウとは違う。
ファンが一斉の笹川さんを観た。笹川さんは挨拶をしてドラのような声でしゃべりだす。
「ファンの諸君、諸君らが競艇に使ったカネは、無くなってしまったわけではない。私が一時預っているだけである」
素晴らしい論理である。しかしファンの方からもすかさず野次が飛ぶ。
「だったら返せー」
ファンたちが爆笑する。返してもらったファンのことを誰も聞いたことがないからだ。
笹川さんはしゃべり続ける。なにやらご自分の業績に付いて話しているらしいが、野次はどんどん派手になる。
「誰がオリンピックでロケット上げろって言った」
「天然痘撲滅するんだったらカネくれ」
「ハンセン病もたのむ」
この金を生む装置「競艇」は、今は不況で、存亡の危機にあるのだが、本書によりこの競技を成立させている法案
モーターボート競走法が衆議院の優越によって可決されていたことを知ったのである。
悪人(サントラ)
「Your Story」はこの映画「悪人」そのものを歌っている。この映画になくてはならない音楽になっている。とても救いがあり、気に入っている。
これだけでも価値あるアルバムだ。
個人的に好きな映画で「幻の光」「ユリイカ」のサウンドトラックも、ピアノの物静かなキーが印象深い。
「ユリイカ」では九州の大観峰を想起させ、
「幻の光」では、能登の広陵とした海を想起させるように、
この「悪人」のアルバムも、雄大な九州・五島の灯台を想起させる。
このアルバムも物静かなピアノの音を聴くには心地よい。
少々重い点だけ、星一つなくしたが(苦笑)構成はとても良い。
悪人 スペシャル・エディション(2枚組) [DVD]
保険外交員女性・石橋佳乃(満島ひかり)が土木作業員・清水祐一(妻夫木聡)に殺された。清水は別の女性・馬込光代(深津絵里)を連れ、逃避行をする。その後、それぞれのキャストがむきだしの悪を様々な形で映し出す映画です。
映画館でみて気づいたことですが、もしかしたら家庭でみると表現しきれない箇所があるのではないかと思います。それは「音」です。例えば、なにかに不満げな清水が車を動かしたときのエンジンの音や石橋が車から落ちたときの音などがあります。これらは演出として素晴らしいなと思います。DVDやBDで見るとたぶんその良さが失われてしまうのではないでしょうか。音以外にも石橋と父が病院で対面した後の逆光のシーンなど素晴らしい箇所があります。だから、映画館で見る機会があれば是非見てほしい作品です。
主要キャストはもちろん好演しているのですが、主要ではありませんが松尾スズキがかなり光っています。一言で言ってしまえば「この男は福岡に実在している」といった感じでしょうか。
唯一不満なのは灯台のシーンが長すぎることです。映画単体として見ても長くする意味があまり感じられませんし、原作の小説と比べても長い。とはいってもとても素晴らしい作品なのでお勧めです。
悪人(下) (朝日文庫)
「さよなら、愛しているけど。
さよなら、愛しているから。」
色んな読みがあろう結末ですが、わたしはそういうストーリーだと読むことに決めました。
理由は、同著者による東京湾景 (新潮文庫)の視野です。
或いは、愛すことを求める気持ちの切なさが描かれていると言えましょうか。
また、被害者の父親や、バスの運転手という市井の人物や、被疑者の友人の立場を借りて訴えられる作者の人間観が、確実に読む者に伝わります。